神待ちライン

ラインで神待ち

ラインで神様探し
家出して、神社に行くと、20代頃までは必ず願い事をしていました。子供の頃なら、欲しい物が買ってもらえるようになど、物欲の願い事が中心でした。お年頃と言われる年代になってくると、流行しているものに興味を持つので、それに関する願い事をしたり、恋愛関連の願い事をするようになりました。LINEでの占いも大好きです。

 

こういった願い事は、神待ちして神様がきちんと聞いてくれたかどうかは分かりませんが、大半が成就しなかったように思います。とは言え、願い事をする本人も、絶対に叶えてほしいという強い気持ちもなくお願いしていてような気がします。それでも唯一、真剣にお願いしたのは、恋愛成就です。恋愛は神様にお願いした人とは成就しませんでしたが、お願いしなかった人とは、なぜか成就しました。現実とは、そういうものなのかもしれません。

 

しかし、社会人になってくると、本気度も増してきたような願い事が多くなってきました。家賃が高い家に住んでいると、家賃の安い家に引っ越しができますようになど、具体的で生活感のある願い事をするようになったのです。

 

結局、色々な事情で引っ越しをしないまま何年も経ち、現在も引っ越しはしていない状況です。
そんな生活感のある願い事も、成就しないことが多くなると、神社に行っても神様に自分の願い事を伝えようという気持ちが薄れてきて、なぜか世界平和を願うようになりました。何も願わないのなら、せめて人のためになることを願おうという気持ちが起こったのでしょう。ただ、この願い事を人に話したら、偽善者って思われるのではないかという心配もあり、身近な人や友人には話したことがありません。きっと心のどこかでいいことをしたという気持ちがあるから、後ろめたくなるのかもしれません。
それでも、数年間は神社に行くと世界平和を願っていましたが、だんだんそれも面倒になってきました。

 

そして、今はただ柏手を打ち、何も考えずに手を合わせるだけです。何も願い事をしないというのは、願いが成就するという欲望がなくなるので、案外、よい祈り方なのかもしれません。
そのようなお祈りを続けていると、願い事をしないということは、もしかしたら、色々な意味で幅広く平安をお願いしているのではないかと思うようになり、今は、この神様へのお願いが気に入っています。

 

それでも、何か叶えてほしいことができれば、その気持ちは変わってしまうような気がします。人生で重大な願い事ができるまでは、何も考えずに神様にお祈りをすることを続けようと思いますが、人生で重大な願い事ができれば、心から成就を願ってお祈りしてみたいと思います。


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